Story of Adovo 〜二度の革命の歴史を辿る〜

こんにちは!

どうも今日7月14日は、パリでフランス革命が起きた日らしい。

Adovoでも、二回ほど「革命」が起きたことがある。

ちょっと今日はそれを書こうと思う。

Adovo第一次革命(通称:新・革命)


Adovoで起きた多分空前絶後の革命である。

閉ざされたバスティーユが如き当時のAdovoを、完膚なきまでに破壊し、民衆が力を持ち始め、かの有名な「自由・平等・平和」を刻んたかの如く、大勢の今まで目立たなかったメンバーがAdovoで発言するようになったのだ。

なぜ、そうなったのか?

Adovoの場合は、「不平等な制度に多くの民衆が一斉に反乱を起こした」わけではない。

とあるメンバーの一人が大噴火したのである。

当時のAdovoは、組織としてひどい有様だった。

コミュニケーショングループにメンバーは皆入っているものの、それを見ているかわからない人、発言しない人なんかがほとんどだった。

ましてや、全体でのWeb会議だなんて、1ヶ月に一回行うか行わないかくらいで、誰も何も言わないという状況が冗談抜きで本当にあったのだ。

そこで、今まで静かだったAdovoの某女史が噴火し、Adovoを変えたのである。変わったのは以下の事項だ。

1、週一回の定例会議の義務化 2、それぞれの担当部署、担当チーフを作ること 3、新規参加者には必ず面接を行う(当時、顔も知らないメンバーが多かった) 4、すべてのことをさらけ出す(内輪の話をしない)

以上である。 これだとあんまり何が変わったのかパッとしないという方もいらっしゃると思う。 だから、我々のコミュニケーションツールのBefore、Afterでそれをはっきりと納得していただければなと思う。




Before



After


全然違うのがおわかりいただけるだろうか? Beforeでは、2/21から2/27まで何も話していない。 対し、Afterでは、超優秀そうな会話が目まぐるしく回っているのだ。 なんと有意義な団体! そう思わせるようである。

これが俗に言う、「Adovo新・革命」であり、Beforeの時のAdovoの体制は一部の古参メンバーからは「旧・Adovo」と呼ばれているのである。



Adovo第二次革命(通称:真・革命)


Adovoは第一次革命後、より良い団体となった。

毎週の定例で決まることは非常に有意義で、非常に民主主義的団体であったのだ(逆に言えば、今までは社会主義的すぎたのだ)。

しかし! 第一次革命を起こした言わばAdovoのナポレオンたる某女史は未だ満足していなかったのだ! 彼女の憧憬とAdovoは未だ差があったのだ!

そこで某女史が再び市民たるメンバーを煽動し、再三たる革命を起こそうと彼らを鼓舞したのだ。

6月7日いつもの定例で突然彼女は、当時の団体の要改善事項を提示し、善処を代表に要求した。

仕方がなくこれを飲む我らが代表。

そうして、Adovo第二次革命、通称:真・革命(まこと・かくめい)は以下の事項を改善することで為されたのである。

1、担当部署、係の細分化 2、渉外係の設置 3、より強力な民主主義体制(すべて定例で通すこと) 4、大事な情報は役員全員で管理すること(メンバーの住所など)

そうしてまた、コミュニケーションツールを変えた。

これがそれである。 より細分化されているのが目に見えておわかりいただけるかと思う。




まとめ

こうして二度に渡る革命を経て、Adovoはメンバーや対象とする人々のことを第一に考えた団体となったのである。

しかし、私はこのジャンヌ・ダルクが如き某女史がもう一度か二度は革命を起こすと思っている。

その旨、代表に警告する。

以上

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